大きな海の中で、枠に入ったままの青い魚
NAYヨガスクール体験記 11         小林和之
直線上に配置
  

春を迎えるたび、僕は、強烈なメランコリーに取りつかれた。

 

雪が溶け、水の匂いがする。

そんな道を歩き、駅の階段を上りながら、

僕はあたたかな春の匂いを吸い込む

ひとりの心を病んだ少年であった。

 

古代精神は、津波のように押し寄せる。

 

春の風に女の声が混じって聞こえる。

柔らかい若葉の芽吹き、

傷つければ青い樹液の滲む若木のように

僕は春の日のなかにいた。

 

雪解けに濡れ、泥の付いた駅の階段を上り、

改札前の通路の窓から線路の行方を見た。

 

春の匂いを吸い込む。

 

胸中に何か嫌な思いが拡がる。

 

いつから僕は

こんなに春が苦手になったのだろう。

 

僕のこころは ここにはなかった。

 

誰に教わったわけでもなく、

僕は、今ではないいつか、

ここではないどこかで

「ほんとうの自分」になれると思っていた。

 

今の自分は仮の姿であるゆえ

どんなにみすぼらしくとも それでよかったのだ。

 

それゆえ「今、ここの自分」は無意識に否定され、

僕の精神は糸の切れた風船のように

春の風に運ばれて行く。

 

そして僕は実際、海外へ放浪の旅へ出かけようと考えていた。

 

この頃、不思議なことにユング派の夢解釈の本か何かで

僕はこの風船の象徴するイメージの意味を目にしたことがあった。

 

きっと風船のような、
もしくはそれに近い夢をとりとめもなく見たのだろう。

 

……風船のようにふわふわと漂うのは、

自我が膨張をしているか、

見たくない現実があるのかもしれません……。

 

そのようなことの書いてある解釈を読んだ。

 

あまりピンとは来なかったが、いい卦とも思わず、

軽く不愉快だったのを憶えている。

 

僕にとって夢は、占いの域を出ていなかった。

 

封を開けぬ手紙というより、

封を開けたところでワケのわからない手紙であり、

考え疲れた結果、

いつも自分に都合のいいような解釈をしていた。

 

しかし、あらゆる事象は僕に告げていた。

 

足音が近づいているよ、と。

 

何物かが僕に知らせ、

たすけようとしていた。

気づかせようと。

それは一匹の蚊に宿り、道端の猫に宿った。

僕はそれらの事象をすべて不愉快なものとして退けた。

 

無意識(BIG ME)は、自分好みにあしらえた

都合のいいイメージの自己陶酔などけして許さない。

 

足音は確かに近づき、

それは一体、二体と気づかれぬように僕の周りを取り囲んでいた。

 

無意識から刺客が放たれたのだ。

 

けれど、春は同時に別のものを僕にもたらした。

1枚のはがきが届いたのだ。

 

それは、内藤景代ヨガスクールからであり、

景代先生の代筆であるという指導員のお一人からだった。

 

しばらく前、僕は景代先生へ宛てて手紙を書いたのだ。

 

体験記Aでも書いたが、僕は駅前の本屋で

景代先生の「冥想〜こころを旅する本〜を見つけ、

さっそく手紙を書いていた。

 

僕はそのはがきを手に取り、何か約束が違った気がした。

返事が来るとは考えもしていなかったのだ。

(それ自体浮世離れした発想であるが)

はがきには、旅の無事を祈ります。

という文面とともに一冊の本が紹介されていた。

それが景代先生の新しい著書である

BIG ME」〜こころの宇宙の座標軸〜だった。

しかも僕に必要な本なので
  是非とも読んで欲しいという追記がされていた。

 

今思えば、このときこそ
  迷宮を抜ける手がかりが生まれた瞬間だった。

 

けれどそれは今だからそう思えるのであって、

当時の僕はそんなことは考えもしなかった。

危険な迷宮に

自分が迷い込んでいるなど思いもしなかったのだ。

 

鈍感な俗物たちの中で、

唯一の繊細な感性を持った特別の存在の僕に、

そうした失敗はありえなかった。

 

それでいながら、僕のこころのなかにはすでに不安が立ち込めた。

 

それはたやすく生まれ、なかなか去りはしなかった。

 

この不安感は実のところいつもあった。

やがてこの不安はいくら拭い、
  振り払っても消えぬものとなっていく。

 

無意識が様々なイメージの刺客を解き放って来るからだ。

 

こののち、僕は無意識の恐ろしさを
  この身で知ることになるのだが、

この一枚のはがきと、これから起こるいくつかの出来事によって、

夜の嵐のような無意識との遭遇は

しばらく先送りにされたのだろうと感じる。

 

季節は春を迎え、「何か」を僕にもたらしていたのだった。

……………     ……………     ……………    ……………

※追記1:

古代精神は、津波のように押し寄せる。

古代精神とは、「近代精神」と対極になる精神。


※追記2:

以下のくくりかたは、ユング心理学による「永遠の少年」に特有の心境。

◆今の自分は仮の姿であるゆえ

《鈍感な俗物たちの中で、

唯一の繊細な感性を持った特別の存在》の僕


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