内藤景代とNAYヨガスクールの四半世紀の歩みなど… |
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| ※追記: 2011年にNAYヨガスクール(内藤景代・主宰)は創立35周年になり、3・11以降を生きぬくヒント満載の書き下ろし文庫を2冊、内藤景代は出版しました。 ●同年、ネットの内藤景代公式サイトBIG ME clubとNAYヨガスクールは10周年になりました |
![]() 内藤景代は、小学校時代から「神とは何か?」「人間とは何か?」に疑問を感じ、自らアメリカのミッション系の中・高校を選び、「心の旅」がはじまります。 キリスト教では、疑問は増すばかりでしたが、直感的に自ら抱いていた考えが、A・カミュなどの実存主義哲学(個人の“ちがい”を大切にする哲学)に近いと知ります。 そこで大学では、フランス文学を専攻します。また在学中、実存主義哲学に影響を与えたインド哲学の深遠さも知ります。 学生時代の、キリスト教、西欧思想、インド哲学などへの幅広い興味と知識は、後にヨガと出会ったとき、ヨガにのみ込まれることなく、その独自な魅力を新たに浮かび上がらせることにも役立ちます。 内藤景代は、「ヨガ」そのものは「目的」ではなく、人間の能力を高め、「自己実現」を助ける「魔法の杖」と考えていました。
人間の究極の目的は、自分自身の内部にある秘密を解き明かすこと、ヨガは、極端に言えば、そのための「方法」「聖なる道具」に過ぎない、という考えです。 当時から、内藤景代にとって、「考える」ということは日常的な当たり前のことで、「生きる」ことは「考える」ことと密接につながっているものでした。「哲学」は意味のない言葉の羅列ではなく、生きていく上で必要な、考えるための技術です。ですから、単なる肉体の鍛錬法のみでなく、悟りを得るための膨大な哲学大系を伴うヨガに、大変親しみを感じます。 また在学中の1960年代の「学園闘争」では、身をもって「思想」や「哲学」という言葉の実体を体験することにもなりました。 内藤景代ヨガスク−ルの誕生その後、私塾のようなかたちで「内藤景代ヨガスクール」が生まれましたが、沖ヨガだけで満足することなく、ラジャ・ヨガ、クンダリーニ・ヨガ、カルマ・ヨガなど次々と修行を続けます。九死に一生を得るような体験もしました。これらの体験を通して、各種の行法のなかには、生命の危険を伴うものや、全くタイプの異なる行法を組みあわせてはいけないことなどを学びます。 この時期の体験を内藤景代は「往って帰ってきた」と表現しています。人格も変わり、胸(ハート)の愛の波動を強く意識するようになり、「永遠なるもの」と「日常」とのバランス、調和の大切さを感じます。
内藤のヨガは、これらの危険な要素はすべて取り除いた、誰でも安心して行え、かつ最も効果的なヨガと冥想のカリキュラムが基本となっています。
一人で教え始めたスクールでしたが、やがて、まわりに「指導員」「研究生」という内藤景代を補佐する人たちが生まれました。教室は鎌倉、原宿、信濃町、代々木と変遷します。 1981年 銀座・三愛の関連会社三愛スポーツがフィットネス・スクールを開設することになり、その立ち上げに参画し、ヨガ部門を担当し、毎期数百人の生徒さんを五反田、向ヶ丘で指導することになります。
この頃から指導員がウォーミング・アップとポーズを担当し、内藤景代が<お話>(ポーズやヨガに関連した解説や日常生活全般から宇宙の真理にいたるまでの―)と呼吸法と冥想を担当する、というスタイルができました。 指導員は<内弟子(うちでし)>のように、日常生活の一から、立ち居振る舞いや言動や指導方法などすべてを内藤の身近で指導を受け、沢山のレッスンを経験することで成長しました。 この時期の内藤は、日々のレッスンの他、女性誌を中心に、男性誌・ビジネス誌、各種新聞、マタニティ・育児誌、健康雑誌、超能力・武道関係の雑誌から児童向け月刊誌などまで数え切れないほど多数のマスコミ各誌の取材、寄稿、連載などで、自分の本を執筆するヒマもない忙しさでした。 1986年内藤景代ヨガスクールは新宿の現在地に移転します。
フィットネスブームも収まりを見せ始め、冥想に興味をもつ人たちが増え始めます。
教室は、毎週1回の木曜日・夜の中級クラスと、月1回の日曜日・初級クラスのレッスン以外は、指導員に任せ、内藤は執筆に専念します。『BIG ME』『冥想HOW TO』『ヨガと冥想』『わたし探し・精神世界入門』『聖なるチカラと形 ヤントラ』が精魂を傾けた結晶として生まれました。
内藤の担当する木曜夜のクラスは「中級クラス」として、長く続けている生徒さんが中心でした。ポーズ、冥想、呼吸法を深めながら、身近な心身の話や、世界観が広がるような、広大、深遠なテーマの<お話>などを主体にしたもので、内藤がいままで学んだすべてのこと、また現在興味をもっているものも同時進行形で、教えられ、語られました。ピーンと張りつめる緊張感がありながら、しかし和気藹々とした、楽しい雰囲気のクラスでした。後に「研修生」となる方達の多くは、このクラスから育っていきました。
一方「指導員の担当クラス」は、初心者中心のため、最初から、やすらぎとくつろぎを意図して作られたものです。すべて内藤の定めたカリキュラムによって、毎回レッスンが組み立てられ、指導員は内藤と直接会う機会は減ったものの、木曜日の内藤のレッスン内容をテープで聞いて、それを自分なりに消化し、さらにやさしくして、翌週のレッスンに応用しました。
レッスンの様子は毎回「報告書」にまとめられ、内藤が朱を入れたり、感想とアドバイスを添えて返されました。報告された生徒さん一人一人対する指導方法、注意点などが指摘されているキメ細かなものでした。このようにして、生徒さんはつねに間接的に内藤の適切な指導とアドバイスが受けられ、指導員も生徒さんも、内藤とつながっている、という安心感をもつことができました。
指導員に任せたとはいえ、内藤と指導員間でやりとりされる報告書やFAX、電話、指導員の自立のための個人的なカウンセリングなどに費やされた内藤のエネルギーは大変なものでした。こうした、内藤の細心の気配りと、指導員の努力で「指導員クラス」は、10数年に渡って、いつも一定の波動を保ち、くつろげるクラスとして、多くの生徒さんに親しまれました。
特に新書の『こんにちわ私のヨガ』は重版を繰り返したため、活版がすり切れて活字が不鮮明になるほどだったと聞きます。毎日身近に置いて参考にしたため、ボロボロになった、何冊も買い換えた、という読者からの声も届きました。
母親の昔の本を読んだらおもしろかったから、という親子2代に渡って教室を訪れる生徒さんも増えてきました。
教室は、あらゆる年代の、職業の異なる様々な人たちの学びの場、健康を取り戻す場、問題解決の場、癒しの場、修練の場となってきました。 1995年オウム事件
―――長年に渡って培ってきた信用と実績は揺るぎのないものでしたが、 社会的にはヨガは厳しい風にさらされることになります。 内藤景代は、【「オウム事件によせて」というコメント】を発表しています。
(要点は@〜C) それは、
@ 教祖の無感動な「悟り病」のこと(例;無感覚になる修行など ) A オウム信者と「永遠の少年」タイプとの類似 ※「永遠の少年」とは、ユング心理学の元型イメージのひとつ。詳細は『 BIG ME 』を。 ★「永遠の少年(乙女)」のための〈翼〉が、ヤントラです。 B 「胸の<魂>」をもたない、「頭」だけの「解脱(げだつ)」の恐ろしさ ※「頭の冥想・体の冥想・胸の冥想」は、『冥想HOW TO』を。 C 「魂」とは何か?その救済は可能か? について述べた後 ――「災い、転じて、福」となすように、
世期末の混乱の時期を、 アクエリアスの新しい光明の2000年の 夜明け前の混沌の闇と、 クールにとらえ直し、 個性を大切にしながら、 おたがいに前向きに協力しあい、 「ハートに愛」を感じながら生きていきたいものです ――と結んでいます。 20年以上のヨガと冥想の実践が、
神聖図形(ヤントラ)に結実した労作ですが、難解との評もあるようです。 携帯メールに「絵文字」を使っている、より若い世代に、 将来もっと理解されるのかもしれません。 ヨガの根本原理「すべては一つ」。 そして、それから派生・展開する 多様な「変化」の構造が 一目で直観できる 「驚異の書」 「神秘の書」 であることは間違いないでしょう。 深遠な原理を、
日常生活にも応用でき、 <無から有を生む> 全く新しい「発想」の書でもあります。 もっと広い意味をもたせるため「NAYヨガスク−ル」と改称します。 2000年に入り、NAYも変化の時を迎えました。これまでクラスを担当してきた2人の指導員が、それぞれ家庭の事情、個人的事情などで翌年から、NAYで教えることができないことになりました。思えば2人とも15年以上のおつき合いです。現在、顧問格の委く絵指導員も、指導員としてのキャリアは短いですが1クラスを担当している真紀子指導員も、20年以上の年月をNAYと共に歩んで成長してきました。 現代のテンポの早い、変化の激しい時代としては、貴重で、希有なおつき合いです。
2001年からの、内藤景代以外のレッスンをどうするかで、有志の生徒さん達と相談した結果、新しくクラスを立ち上げることになりました。そして、その中から11名の生徒さんが「研修生」となりました。これらの生徒さんも皆5年から20年という長い年月を、内藤のもとでヨガを学んできた方々です。
2000年の後半から半年間かけて、委く絵指導員を含め、3人の指導員は体得したすべてを、研修生に伝え、引き継ぎました。そして委く絵指導員を除く2人の指導員は、2000年末、円満にNAYの現場から離れました。
2001年 研修生は新しくレッスンをスタートさせる一方、並行して「自主トレ」や内藤の「特別指導」などを受け、より一層熱心にヨガに取り組むことで、見違えるような変貌と成長をとげ、現在に至っています。
バーチャルな世界が、より現実感を増し、
他人と触れ合わなくとも、日常生活がそれほど支障なく行われることなどで、 精神面、肉体面共に様々な弊害が現れています。 頭や眼だけを酷使し、 自律神経は乱れ、自分の肉体感覚が鈍くなっています。 自我肥大に陥り、 他人との関係性は希薄になる一方です。 昔の人が理想とした、
「上虚下実(じょうきょかじつ)」 (上半身の力は抜け、下半身は充実していること。気は下に降りている。) 「頭寒足熱(ずかんそくねつ)」 (頭は冷静で、足は熱いこと)とは、 まるで正反対の生活を送っています。 このような時代に、
直接教室に足を運んで、 仕事や年代や性別の異なる様々な人たちと一緒に、ヨガを学ぶということは、 それだけで大変意味のあることです。 教室では、まず自分の「からだ」とつきあうことを学びます。
体の存在なんて、ずいぶん長い間忘れていたことに気づきます。 体が固く、思うように動きませんが、 十分なウォーミング・アップをするうちに、 ポカポカ温かくなってほぐれていくのを感じます。 呼吸法で、今まで自分があまりに浅い呼吸だったのを知ります。 何か、何倍も呼吸が深くなったような感じです。 ポーズは、古い生徒さんのようにはできず、ぎこちないですが、 それでも1ミリ、また1ミリと 自分の体が柔らかくなり、 動きが大きくなるような感じがします。 冥想で座ると、 急に聴覚が鋭くなった感じです。 ズーッと遠くの何かの物音が聞こえ、 フッと昔のできごとなどが思い出されます。 新宿のど真ん中なのに 深く、心地よい沈黙を感じます。 もう何年もこんな感覚は忘れていました ……こうしてヨガの魅力が分かり始めます。 教室での時間はユッタリ流れます。 いままで体験したことのない時間感覚です。 本ではすぐ理解したと思ったことが、 実際には何一つ思うように出来ません ――それを分かることが大事なのです。 最初にヨガを始めたい、と思ったことを忘れず、 とにかく続けてみることです。 内藤景代の本を読んで、感動したり、共感して教室へ通おうと決心された方は、
臆さず内藤のレッスンをお受けになるといいでしょう。 古くからの生徒さんも多いですが、温かく迎えられるはずです。 直接会うということ、
本人の波動を感じる、ということが大切です。 しかしまた、その日、その時のレッスンを一回だけ受けて、 内藤景代の<すべて>が分かったと判断されるのも困ります。 内藤の本が多面的であるように、 内藤景代個人も多面的です。 かつて、別冊「宝島」の『性格の本』の中で、
「アナハタ・チャクラの陰陽タイプ」の典型的な人として分析されたように、 静かに冥想したり、執筆している時は、 心の「陰」――闇の世界の深奥までもぐり、 様々な人のこころや、言葉や、 言葉を超えた響きや波動といったものと、 時の経つのを忘れて、交感したり、それらと一体になったりします。 しかしひとたびレッスンとなると、
明るく、「陽」気に、楽し気に、 テーマや参加者に合わせ、 当意即妙、瞬間瞬間生き生きと変化、 対応する内藤景代が見られるでしょう。 一期一会(いちごいちえ)の出会いは真剣にならざるをえません。 気力にあふれ、胆(はら)がすわって迫力があると評されます。 これもまた内藤景代です。 内藤のレッスンから何を受け取るかは、 教わる側の目的意識の強さや、 感受性、受容力の大きさによっても変わってくるでしょう。 要は、学んでいる「あなた」が<主人公>です。 単に観察したり、頭で考えているだけでは、何一つ身に付かないでしょう。 また冥想によって
体の中心軸の感覚をつかみ、 腹の「丹田」、 頭の「第3の目」、 最後に胸の「魂の座」の感覚をつかみます。 この<頭・胸・腹>の <冷・暖・熱>を 3点同時につかむことがポイントです。 そうすると、 クールな頭、 暖い胸(ハート)、 熱い丹田 ――つまり、 頭は冷静で、 ハートは暖かく、 下半身は充実して行動力がある、 という状態になり、 心身共に健康で 幸福を実感できます。 自分が自分の主人公であると実感できる状態です。 そしていつの日か、
「自分」を知ること
「究極の実在」を知ることの「人間の本性」を知ること 三つは、一つの同じことです ――という、内藤が体験した境地と同じ体験をすることになるかも知れません。 内藤景代は、『こんにちわ私のヨガ』に始まり、自身の体験に基づいて、段階的に様々な本を出版してきました。それぞれ、どの段階も重要ですが、『聖なるチカラと形 ヤントラ』をもって、長い遍歴の「旅」の一応の集大成と感じています。
従って2001年から始めた「直接指導」は、 ウォーミングアップから最後まですべてを、本人が直接指導するため、 大変貴重なレッスンです。 つまり現在のレッスンは、 内藤の過去の重要な要素やプロセスをひとつにまとめた、 全く新しいものとなっています。 <ポーズ>一つとっても、 その中に呼吸や気や波動が入って渾然一体となった、 究極のスタイル、 奥義ともいえるものです。 また、ヨガというものが、
狭義の体のエクササイズにとどまるものではなく、 過去から未来にまで繋がった、 永遠からこの日常にまで至る、 心や思考や感覚 や気や波動などを含む、 広大なものであることが学べます。 そしてヨガに限らず、
「自分」らしくこの世に生きるために必要な、 あらゆる「ノウハウ」を伝えたいという、 内藤の誠意と熱意を感じるに違いありません。 もちろん、内藤のレッスンで、すぐにすべてが体得できるというものではありません。
しかし内藤景代と、指導員、研修生を含め、 その場に居合わせた朋(とも)と、 共通の時間、空間を共有し、 自分の心身とじっくり対話するという体験は、 自我の固い殻を溶かし、 <いま・ここ>に、あらゆるものがつながりをもって、 <現実に生きている>という、 よろこびの実感をもたらすことでしょう。 そしてレッスン前の自分とは、 少し変わった<自分>を発見することでしょう。 2001年12月吉日 (G)
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