NAYヨガスクール体験記 110 小林和之 |
紫陽花 |
忙しさにかまけ、忘れかけていたのだけれど、 職場で仕事を終え、裏口から雨のなかを出たとき、 いつから咲いていたのか、白い白熱灯の下、 薄闇に浮かぶ濃い紫の花弁を重ねた紫陽花が咲いているのに気づいた。 今年はコロナの影響で、 祖母の命日にお墓参りへ行けていないことはわかっていたのだが、 紫陽花の花に不意をつかれてしまった。 僕の職場は、コロナ下であっても社会機能維持のため、 大変忙しく、例年のように休みが取れなかったのだ。 夜の雨のなか、 白熱灯の下の紫陽花の花が語りかけている。 何が大切なのか。 誰とともにいるのか、と。 忙しい日常の中にあっても 紫陽花の花の季節に、僕は、少しだけ立ち止まる。 そして振り返り、 深い淵を覗くようにおそるおそる 水面に映る 僕の姿を探す。 そこには 喪服を着ることが出来なかった 19の僕が映り込んでいる。 大勢の葬儀参列者のなかにいて、 ひとりだけ喪服を着れず、 「それでいいよ」と親族に言われ、 僕は、紺色のカジュアルシャツにジーンズを穿いて 葬儀の場にいたのだ。 当然のことながら場違いな格好だった。 近所付き合いで 参列した人でさえ 喪服を着ているというのに、 僕はといえば 長いこと一緒に暮らしながら、 喪服さえ着れていない。 親族の人々は 僕に恥をかかせようとしたというのか? いいや、そんな悪意は 露とも感じなかった。 それどころか、場違いで 恥ずかしいと思いながらも ほっとしていた僕がいる。 良くも悪くも 僕は子ども扱いされたのだろう。 それを僕は、思いやり のようにすら感じていた。 僕のした悪いことも 子ども扱いをされた その服に 隠された気がしたから。 けれど 誰が許してくれたとしても、 あの日、庭に咲いていた紫陽花の花は、 僕のそのこころを青々と映し込んでいる。 あれからずっと。 以来、僕は何度も何度もこの辺りを歩き、彷徨い、 帰る家がないのか、立ち止まったりしている。 僕のこころには、 今もあの日の風景があり、 駅の音が聞こえている。 当時は今のような メロディではなかった。 プルルルルルルルというただの電子音だ。 時を隔てるほどに その音の響きはリアリティを持ち、 すべての風景が まるで終わらない 白夜の世界のなかに佇んでいる。 けれど誰もいない。 誰も語り出すことがない。 舞台だけがそこにあり、演技者たちの姿は、まだどこにも見えない。 張りぼての舞台の裾から、 ひょいと誰かが顔を出したりはしないか。 そう期待するのだけれど、 狂言回しのひとりも現われることはない。 ここでは まだ 誰にも会えないのだろう。 まだまだ 影の響きの及ばぬ 浅い場所なのだ。 18才の頃、 膨れ上がったコンプレックスの埋め合わせに、 精神世界に興味を持った僕は、 病的なまでに 悟りを開くことに固執していた。 見返してやりたかったのだ。 真実の価値を手に入れて。 いじめられ、 バカにされ、 ひとりで こころを病み、 みんなと同じイスが 用意されていない自分。 そんな世界に 憎悪を燃やし、 その不幸を 逆転させる必要に、 僕は、迫られていた。 「僕の身に起こっている不幸は、 実は、 真実の価値を 手に入れるための 過程だったのかもしれない」 そんな奇妙な物語にも いつのまにか引き込まれていた。 強烈なコンプレックスが、 腫れ上がった傷を 覆い隠そうとして、 事実とは かけ離れた物語を 包帯のように引き寄せ、 ぐるぐるに巻き付けていたのだ。 そんなになった おかしな子どもへ向けて、 祖母は、その死の近くなる頃、 何度となく、 この世ならぬ 澄んだ泉のような笑顔を 向けてくれていた。 そして、病床で 祖母から聞いた 声にもならぬ いくつもの言葉が、 愚かな僕との やり取りが、 今も僕のこころに 雪のように積もっている。 その言葉は、僕の熱で溶け、 ふるえながら 音に変わり、 泥臭くて申し訳ないが、 「変わりたい」 「僕を もう 終わりにしたい」 という 正しい成長への願いを生み出していったのだった。 何か たいしたことがあった 訳ではない。 昼があり、夜があり、季節が巡り、 人が ひとり 死に、 そして 僕だけが 言葉を持たず、 救われなかった だけだ。 終わりにする意思 となった僕は、 この後、NAYヨガスクールの教室へ、 景代先生のもとへ、 この世への憎悪に、 自分への憎悪を さらに加え、 汚れに汚れた包帯を 自ら 引き千切りながら 通うこととなった。 ☆~☆~☆-----------------------☆~☆~☆
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