大きな海の中で、枠に入ったままの青い魚
NAYヨガスクール体験記 85
                     小林和之
直線上に配置

出帆 3


 ほんの少し前の僕自身の話だ。


 取り囲む人々は,悪意に満ちていて、
いつも重たい牢獄のような気がして、
押しつぶされそうな息苦しさの中で、
自分の無力を感じ続けていた。

逃げる場所はなく、
逃れようと試みてはみたが、
おそらくフラクタルに存在する悪意を持った作用はどこも変わらず、
ただ役者が変わるだけなのだろう、と感じていた。


「誰も悪意なんて持っていない。自分が変わればいい」

「人のことなど誰も関心を持っていない。」

 遠回しな自己責任論は、
聞いているだけで不愉快になる。

正しさを装った人の悪意は変わらず、
この世界には、ある価値観で満ち満ちているように思う。


 そして決まって脳裏に浮かび上がる映像があった。

・・・いつだか、雑誌で見た南米のコーヒー農園で働く家族たちの写真。

逃げても逃げても記憶の謄写版に焼き付いて離れない。

肌着に腰布を巻いただけの衣類を身に付け、
夜、写されたのだろうか、
それとも昼も暗い家の中の写真だろうか、
中央に座るのは、一家の父で、
その傍らに妻と子どもたちが、
同じように貧しさと絶望をたたえながら
ひっそりと座っている。
それは家族なのであった。

 解説にはこう書かれてあった。

「・・・彼らは一生ここから出られることはない、
低賃金で家族で労働に従事し、
賃金はすべて食事や住居費と経営者に巻き上げられる。

仮にここを飛び出したとしても
どこにも仕事はない・・・」


 一時期、話題になった
貧困ビジネスや
借金を背負わせて渡航させる外国人労働者と
同じからくりだ。

行き過ぎた資本の論理は、
人をもの扱いし、
生産性を高める道具としてしか見なくなる。

これらは「資本の論理」の負の部分で、
人がもの扱いされ、
弱いもの、困窮者から
絞るだけ絞り上げる
構造と作用を持っている。

作用させるのは もちろん人間だ。

貧困への不安や
人の根本に根付く 飢餓への恐怖でコントロールし、
競争を煽り、
争い罵り合いながら、
奴隷として働き続ける世界に踏みとどめようとする。


歴史を紐解けば、
支配と非支配を生み出すこの作用は、
連綿と人というものに染み付きながら、
目には、見えない牢獄を造って行くように思えていた。


 奴隷の家族。

振り払っても 振り払っても 追いかけて来る。

一家の長を 中央に置いた家族の肖像。

写真の中央に座る 父の姿が焼き付いて離れない。

それは 僕そのものだった。

その姿を 自分とは認めたくなくて、
突き放そうとすればするほど、
追いかけられていた。

そして僕もまた、
冷酷な資本の論理の構成員である自分。

お金の奴隷になっている自分を
自覚することとなった。



 僕にも同じように家族がいる。
小さな子どもたちのことを考えると
いっそう牢獄は重く、
鎖に繋がれ、
逃げ場はなかった。

僕は、血の涙を流しながら、
働いた。

ほんの2年前の話だ。


 けれど、僕が、無力なわけはないのだ。

人生を2倍に生きる。

斜め45度の方向への舵取り。

対立を結びつけるエネルギー。

マンダラ発想。


景代先生から学んだことを総動員して、
僕は出帆した。


前々から計画していたことだ。

風が吹いた。

船は帆を張り、軋みながらも動き出して行く。

 淀んだ金魚鉢の中には、いられない。

川のなかへ、
変化の流れのなかへ、
飛び込もう。

情報の渦の中を 恐れずに進む。

自分のキャッチする信号を信じて。



 なるべく 目立たないように 生きているつもりなのだが、
あれから2年経ち、
最近は、
人から「成功の秘策を教えてください」
的なことを言われたり、

「学びたい」
と言われる方も 増えて来た。

自分では、ドリフのコントさながら、
いきなり燕尾服が破れたり、
あちこちからタライが落下、
思いがけない音の飛び出す
へっぽこ楽団の指揮者のようにしか思っていないのだが、

傍からは、そんな姿も
韋駄天の活躍に見えるらしい。

不思議な話で、僕にしてみれば、
ほんとうはただ面白くやっているだけなのだが。 



 人と人とのつながりから、
現実の物事は、変化して行く。

縁起によって、変化し、
創造されて行く。

そんなことを最近考えるようになった。



景代先生の著書「ヨガと冥想」も読み返してみた。

実は、出版当初、
僕には チンプンカンプン だったため、
あまりちゃんと読んでいなかったのだが、
今さらながら
大変 素晴らしい本なのだ ということがわかった。


今になって読み返すと、大変 面白く、
哲学というものの根本原理を知るのに、
的確かつユニークで、
もっともわかりやすいテキストのひとつ
なのではないかと思った。


そして何よりも、
これは僕の個人的な感覚なのかもしれないが、

景代先生の本は、読後感がいい。
ほっとして安心している自分に気づく。

これは 景代先生の大きな個性なのだろうと思う。


☆~☆~☆-----------------------☆~☆~☆  
*〜・〜・〜・〜*〜・〜・〜・〜*


※追記:
内藤 景代 (ないとう あきよ)記

はい。おほめにあずかり ありがとうございます((笑))

☆哲学は、現実と理想の相克(そうこく)を、
アクセルとブレーキのように相殺(そうさい)させずに、
どうしたら、この世で生きやすくできるか、
を考える方法ではなかろうか、
と、わたし・内藤景代は想っています。

【肉体と精神の相克(そうこく)】を、
哲学的に止揚(しよう)した東洋の方法が、
「ヨガと冥想(瞑想)」ですし。

現実(リアル)的な【肉体】と、
理想を求める【精神】の葛藤(かっとう)を、
【弁証法による 対話→ 正-反-合 】で、
発展させてきたのが西洋の哲学史でしょう。
てんかん発作で[鬼神の声を幻聴する]ソクラテスから、
プラトンとアリストテレスの師弟関係の発展・・・。

かたい表現になりましたが、資本主義全盛の今こそ、
哲学が求められている時代のようで、
静かな新しい潮流になっているとききます。


「お金や数字、資本の一元論だけで、いいの?」

という素朴な疑問が、根底にあるからでしょう。

むかしの和之さんなら、
「僕には チンプンカンプン だった」
かもしれませんが((笑))

現実社会で、2つの世界観の矛盾(むじゅん)にぶつかって、
○×式発想で、いっぽうを切り捨てる発想ではなく、
なんとか2つの世界観をひとつ上の次元で
【統合しようと、自分のあたま(頭脳)で考える】とき、
哲学は、[知的な武器]になります。

哲学の素材は“言葉”ですし。

“言葉”は、ひとを結ぶものですから。

和之さんは【自分のあたま(頭脳)で考える】ことで、
“言葉”を生きたものにしたのでしょう。
あなたの“言葉”には、チカラがあります。
そのチカラは、ひとを動かすでしょう。

『ヨガと冥想』 (内藤景代・著 実業之日本社刊)は、
ひとの普遍的な「意識の進化」を4段階に分けています。

4段階は、スタートの初段に「らせん的」に戻ります。
「はるか彼方へ行きっぱなし」ではなく、この世に着地する。

今の和之さんは、父として「意識の進化」4段階目が、
身にしみておわかりなのではないでしょうか。

家族は、重荷ではなく、『巨人の星』の父が課したような
「精神進化の養成ギブス」だったのかもしれません((笑))

[精神の筋肉]がつき、[精神の足腰]が強くなったら、
かろやかに、踊ってください。回転や跳躍も楽しんで♪



『ヨガと冥想』 内藤景代・著 実業之日本社刊

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DVD『ヨガと冥想』内藤景代・出演

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