NAYヨガスクール体験記 75 小林和之 |
魔女の家 |
この体験記で語った。 人魚の歌を聴きながら、 海の中を夢見がちにたゆたう青い魚が、 海辺へ打ち寄せられる経験を通して、 人と出会い、 陸の世界へ歩いていこうとする物語だ。 NAYヨガスクールの教室での体験を通して、 変容したこころの有り様を、 ひとつの物語にすることで、 僕は、僕なりに生き方の転換をしようと試みたのだと思う。 人よりかなり遅くはあったが、 それは僕にとって、 大人になるために必要な儀式だった。 同時にそれは、 永遠の少年の元型イメージから 分離する決意の試みだった とも言える気がする。 物語の展開は 希望に満ちたものであったが その後の実生活の現実はそうではなく、 人間関係の茨の道であった。 海の世界の生き物が、 陸の世界を行くのはそうそう簡単なことではないらしい。 今思えば、この物語を書いたことで、 偶然か必然か、 僕を取り巻く環境は大きく変わった。 自分の内面を体現する物語を書く、 という行為を通して、 外側の環境もまた、 着々と準備を整え、 僕に必要で、 なおかつ成長に見合う 試練を用意していた。 今までのようなわがままは、 もはやどこへ行っても通用しなくなり、 僕は変容を余儀なくされる。 そんなことの連続だった。 誰もいない山のなかで、 ひとり暮らしてても 自由にはなれない。 よく聞くたとえだ。 人には人が必要だと。 それもよくわかる。 というよりすでにそれについては、 苦い経験として体験済みだ。 けれど、 いくら人との関わりが大切と言っても、 ただ人の中にいればいい というわけではないだろう。 いつも誰か側にいないと安心出来ない 依存性の高いこころでは、 そのうちどこかでひずみが生まれてしまう。 居酒屋で馬鹿笑いを繰り返す若い人たちも、 あまり楽しそうに見えない。 どこか無理をしていると言うか、 「不安なのかな?」 と思えてしまう。 ひとりぽっちになったり、 誰からも認められないでいるのが。 それでは人の中にいても疲れるだろうし、 少しも自由でない。 自分を愛することの出来る人は、 もっと自由で、 人にも優しくなれる。 自分を愛するとは、 自分を知ることへの挑戦なのだと思う。 嫌な人との出会いも、 まさに自分を知るためには必要なのだ。 変容を余儀なくされ、 意識の閉ざされた窓と向き合う。 それは、今まで知ることのなかった 未知の可能性が開かれるきっかけかもしれない。 自分のこころの内面と社会との接点となる 人間関係を含む環境とのバランスが、 自由で豊かに生きるコツなのだ。 僕はそれを、NAYヨガスクールの教室で、景代先生から学んだ。 そういった現実的な調和を計るマンダラ発想なら、 『BIG ME (ビッグ ミー) こころの宇宙の座標軸 』 に たくさん書かれている。 読めば、生きるのが楽しみになる本だと思う。 (僕の場合、例外的に苦痛であったが・・・) 陸の世界へ歩き出した 海から生まれた青い人には、 少しだけだが、続きがある。 それは、物語を書き終えてしばらくした頃、 お弁当を買いに商店街へ出た時のことだ。 僕は、お弁当屋さんで注文したお弁当を待っていた。 そのとき、こころの声が、聞こえたのだ。 魔女の声は、こう語っていた。 「おまえからは魚の匂いがするよ、 今は人の姿をしているが、 おまえさんもとは、魚だったね。 それもきれいな青い魚だ。 わたしのこの水晶に、 その姿が映っているよ。ほほほほ・・・。 おまえと同じように人魚の歌を聴いて、 陸へあがった海の物たちを、 わたしはようく知っているよ、 けれど青い目をしたのはおまえがはじめてだね」 岬はずれに明かりの灯る一軒の古い家。 そこに辿り着いた青い人は、 魔女の命ずるままに流木の椅子に座らされました。 目を移した魔女の家の棚には、 瓶詰めにされた赤や緑、黄色の目玉が きれいな宝石のように透明な水の中を 浮き沈みしていました。 「おまえは人魚の歌を伝えようとしているのだろう? けれどそれはやめておきな。 この世にないものを伝えるなど、 言葉も知らぬおまえに叶うはずもない」 魔女はそう言うと、 青い人の 海の色をそのままにたたえた青い瞳を覗き込み、 ニヤリ、といやらしく笑いました。 おそろしくなった青い人は、 テーブルの布を思わずつかみ、 はぎ取るようになりながら、 あわてて外へ逃げようとしました。 その後ろから魔女の声が響きました。 「海から生まれた青い人よ、 おまえの胸を伝う赤い血は 人魚の涙、 そのまま歩いていくのは難儀だろう、 この血止めを塗ってお行き、 けれどおまえが陸の世界に傷つき、 深い海の底へ帰りたくなったなら、 いつでもこの岬外れの家を訪ねておいで。 おまえのその美しい青い瞳と引き換えに、 あの懐かしい深い海の底へと帰してあげるよ、 ほほほほほほほほ・・・」 物語は、この不吉な魔女の言葉で途絶えている。 その後の物語はまだない。
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