波紋

人から教わったことがたくさんある。

人とのかかわりのなかで、わかったこと。
こころが揺れ惑い、涙に変わってようやく気づけたこと。
または、笑いとなって、「くよくよしないでいい」と思えたこと。

人は、いつも人とのかかわりのなかで、
たすけたり、たすけられたりしながら、
こころに波紋を与え合っている。

傷つけたり、
傷つけられたりしながら
身に付けたこともあった。

そうではなく、
ゆるされたり、
理解されたりしながら、
自分のほんとうの姿を知ったこともあった。
それらのすべては、
人とのかかわりのなかで学んだものだ。

気づき、
と景代先生は、よく話されていた。

天上から大きな光がドーンとやってきて
いっきに悟るような
男性的な変容のイメージとは
違うあり方。

淡々として
現実的な日々の繰り返しのなかで、
ひとつひとつを積み重ね、
些細な出来事や不具合のなかからも
学びを見つけていく。

そして自らを省みながら気づいていく。

そんな現実的で
女性的な成長のあり方。


一気に高みへ舞い上がりたがる「永遠の少年」である僕は、
この言葉を不快に思いながら、
けれど、どこかで愛していた。

こころのどこかがホッとしていた。

女性的なこの方法が、
優しさと、
遍く誰にも与えられる
植物的な知恵のように思えたのだ。

しかし、実際の僕はといえば、
そんな遅々とした歩みが嫌で、
一気に現状を変えたがる。

教室という、
北風と太陽で言えば、太陽のような環境のなかで、
素直にこころを開きさえすればよいものを、
そうはなれず、
急上昇を試みては墜落し、
あちらこちら、たんこぶだらけになりながら学んでいたのだ。

景代先生の著書の中にもたびたび出てくる
小説家の坂口安吾。

その安吾が言ったことで、
何度も何度もくりかえし
こころに唱えた言葉があった。


「日本文学は風景の美にあこがれる。
然し、
人間にとって人間ほど美しいものがある筈がなく、
人間にとっては人間が全部のものだ。」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　坂口安吾「デカダン文学論」より


この言葉が、常に一定の方向を向く方位磁石のように、
行くべき方向を示してくれていた。

あるときから、僕は、そっちを選んだ。
人とのつながり、人の作った世界。

現実と社会。人のいるほうへ。
人とのかかわりのあるほうを選ぼう、と。

レポートにも書いた。
「ＧＯ！」と景代先生もそうした考えを応援してくれていた。

何もひとりになる時間を否定しているわけではない。

むしろ、ほっておくと引きこもり、
そっちを選ぶ僕には、あえてこの言葉が必要だったのだ。

もちろん無理をするつもりもない。

どちらの自分も大切にするつもりでいる。

人によって人は変わる。

人のこころに波紋が生まれ、
波紋と波紋が響きあう。

大きな波紋、
小さな波紋を、
与え、
与えられながら。

自分というものの世界は広がっていく。

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