ヤントラ冥想

景代先生とはじめて直接お会いしたのは、
１９才の終わりの頃だった。

僕は、その日のことを、よく憶えている。

そこから、僕、というものは、
ほんとうの意味で始まったのだから。

世は成人式の頃だったが、
マトモなふりも、取り繕いも許されぬ僕は、
みんなと同じように成人式の会場へ行くことはできなかった。

そのかわり、教室へ行った。

入会してから３カ月経たなければ行くことのできない
当時の木曜中級クラスに、僕は、入会１カ月余りで現れ、
受付もそこそこに、青いスウェットに着替えた。

ここへ来ることを当然のように、
僕は、振舞っていただろうか？　

一見そう見えたかもしれないが、
ほんとうは、不安といたたまれない思いでいっぱいだった。

　けれど、プライドの高い僕は、
ダメな自分、弱い、みじめな自分など
決して認めようとしない。

だからよりいっそう、脆い自分を守ろうと、
こころは怒り、
バリアのように人を拒絶する。


『ＢＩＧ ＭＥ〜こころの宇宙の座標軸〜』に書かれている通り、
それは、未熟な自我と、弱さの裏返しなのだ、
とわかっていた。

ただ、それをどうしたらいいのかが、
わからない。

それゆえ、張り詰めたこころは、
ふとしたときにオドオドと逃げ道を探そうとし、
やがて沈黙する。

ここから逃げたところで、
僕は僕のこころから逃れられない。

恥ずかしい自分、弱い自分から……、逃げられやしない。

八方ふさがり。

けれど、観念する方法を、
僕は、まだ知らない。

それを知るために、
僕は、ここへ来たのだ。

　のんきなフリをして、
教室の壁にある掲示板を見ている僕の背中に、

景代先生の声が届いた。

「和之さん、こんにちは」

　僕は、勢い驚いて振り返り、

合掌をされて、安座で座る景代先生を、
このとき、はじめてお目にした。

人のこころへの浸透性の高い、
それでいて迫力のあるお声であった。

その刹那に、僕は、僕の姿を、
こころ越しに見ることとなった。

それは、フォーカスが変わり、
不確かであった世界のピントが、急激に合い、

そのかわりに、僕、というものの姿が、
目の焦点の合わぬ、妖怪じみた何物かである、
と認識した瞬間だった。

それはまっくろい、瞳孔の開いた妖怪のように見えた。

自分の姿を知ろうとせぬ僕は、
いかにも、この世ならぬものであった。

僕は、かろうじて、蚊の鳴くような声で、返事をした。
……ような気がするが、
まともな挨拶すら出来なかったようにも思う。

たぶん後者の方だろう。

　他に会話をした記憶はない。

景代先生は、その場を後にして、
一通り生徒さんたちの着替えの済んだ更衣室の方で、
指導員さんと打ち合わせをされていた。

「彼は、イメージの見えやすい人だから、
冥想をするのならヤントラだけにした方がいい……」

と、景代先生が、僕にも聞こえるくらいの大きさの声で、
指導員さんに話されているのが聞こえた。

僕は、それを聞いて、少しうれしかったように思う。

単純に、あんなすごい本を出すようなえらい人に、
相手にされているのが、うれしかったのだろう。

けれどイメージが見えやすい、
というのはわからなかった。

冥想をしても、
僕には、何ひとつ見えやしないのに。

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