大きな海の中で、枠に入ったままの青い魚
NAYヨガスクール体験記 30
       小林和之
直線上に配置

18才の旅 -2

 

 

 海というものが、
僕の考えていたものと違うように思った。

北国の、しかも港である海を見るのは、
これが初めてだったからかもしれない。
憧れの中にある、恋人や仲間たちのいる海。
子どもの頃、家族と行った海。

砂に埋もれた貝や、蟹の歩く楽しみな海は、
これと違った。

夕陽に照らされる海は、
赤黒く見え、美しいとは思えなかった。
潮の匂いがしていた。

僕は疲れ果てていた。

それもそうだ。
ほぼ一昼夜
900kmもバイクを走らせたのだから。

放心している僕のこころとシンクロしていくように陽は沈み、
辺りは暗くなる。

しだいに海に溶けて沈む夕陽の色のように、
僕は、僕のこころが、絵の具のように溶けて、
海のなかへ流れていくような気がしていた。

それは誰にも、どうにもならない気がして、
僕はまた、不安でこころがいっぱいになった。

だから、そんな思いをふり払うように、
この海の向こうに 北海道があるという希望を考えた。

僕はそこへ行くのだ、と。

そしてもしかしたら、と考えた。

北海道へ行ったなら、もしかしたら、
僕のことを、わかってくれる人がいるかもしれない。

けれどほんとうにそんな人はいるだろうか? 

そんな場所は待っているのだろうか? 

 

 僕は後ろをふり向いた。

なぜ、後ろをふり向いたのかはわからない。

何か物音がしたわけでもなく、跨ったバイクを立てて、
Uターンをしようとしたわけでもなかった。
何故かはわからないけれど僕は、後ろをふり向いたのだ。

 白い乗用車が、停まっていた。
夕陽はもう隠れていたが、
光はまだ、だいだい色の淡い影をコンクリの壁に映している。

暗い駐車場には、黄色っぽいランプが灯っていたからだろうか。
薄暗いその車の中の人らしき姿が僕の目に映った。

 運転席に座る老人と
シートベルトをして助手席に座っている赤ん坊。

僕はそう認めた。

けれど何かがおかしい気がした。

老人の隣に座る赤ん坊に違和感を覚えたのだ。
そもそも赤ん坊が助手席にシートベルトを締めて座っているのは不自然だった。

理由は、すぐにわかった。赤ん坊は人形だったのだ。

僕は、驚いて老人を見たが、
老人は、焦点の合わぬ目で、僕と同じように
青森港の夕陽を見ている。

助手席に座る赤ん坊の人形は、
白いフリルのついた帽子をかぶり、
セルロイドの肌と黒いつぶらな瞳で、
老人とまったく同じ目をして、同じ景色を見ていた。

その景色を、同じ時、同じ場所で、僕もまた一緒に見ていたのだ。

そう思うと、こころの底に、また黒い炎のようなものが生まれ、
それは静かに広がっていった。

 

僕は旅の幸先を案じた。

それが不吉な予感のように思え、
僕は目をそらすように向き直り
「こんなもんだ」とこころの中でつぶやいたが、
動揺しているのがわかった。

 

夜。青函連絡船に乗った。

三級客室の乗船客は驚くほど少なく、
僕とトラックのお兄さんと赤ん坊の人形を抱く老人だけだった。

甲板で夜の海を見ていたら、
お兄さんが話しかけてきた。
夜中に函館に着いた後、何も考えていなかった僕に、
トラックの運転席でいいなら寝てっていいよ、と言ってくれた。

甲板のすぐ後ろの安い客席のたたみに赤ん坊を寝せて、
老人は、何を話すこともなく、赤ん坊の人形をあやしたり、
服を着替えさせたりしている。

その姿を見ながら、
「あの人・・・」と僕は、お兄さんに言った。

「ああ、そうだね」とお兄さんが少し困った顔で言い、
僕はそれで少しほっとした。

老人は、着替え終えた赤ん坊を両手にして、高い高いをしている。
赤ん坊と老人は一言もしゃべらす、ただそうして見つめ合っている。僕は、ふたりの間にどんな言葉が通い合っているのだろう? と思った。

人と関われたからだろうか、こころは落ち着き始めていた。

僕は、さっきふたりを見て、幸先を案じ、
不吉な予感に囚われた自分が情けのない人のように思えた。

その後で僕は、こころのことをよく勉強して、
いろいろな人のこころを知りたい、
この老人のこころの声をすら聞ける人になりたい、と思った。

 

こころのことを僕は考え始めていた。

けれどそれはしかし、現実に順応できぬ自分の、
ただひとつの逃げ道のようでもあった。

だからすぐに頑なになった。

こころのことを知ろうとするのなら、
人とのかかわりから逃れてはいけないのに、
僕はひとりになろうとしている。
その矛盾に気づけない。

 

僕にはもうそれしかない。

廃墟の家を探し出し、
そこで、こころのことを考え、
こころを探し続けるのだ。

 

そう思った。僕の旅の目的はそれであった。

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 ※追記

   和之さんの [18才の旅 -1]のページは、こちらへ。
      
  →今回は、〈NAYヨガスクール体験記-28〉 の「続き」です。


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 ※『冥想〜こころを旅する本〜』内藤景代・著は、こちらへ


                               NAYヨガスクール 内藤景代(Naito Akiyo)・記
        

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