大きな海の中で、枠に入ったままの青い魚
NAYヨガスクール体験記 9         小林和之
直線上に配置
 マンダラ発想  その2  ギリシャクロス


西武線沿線の小さな駅の近くで僕と祖母は暮らしていた。

 家は駅のすぐ近くにあるにもかかわらず細い一方通行の道に囲まれていたため、周辺の一角は、電車を送る笛の音と、停車する列車のきしむ音しか聞こえない。
僕は駅で三つ隣に住む祖母の家に居候をしはじめた。

 高校2年のときだった。

 

毎年梅雨に入ると家の庭には紫陽花の花が咲く。

 だから今でも、記憶のなかのこの家は、
 雨だれの音と一緒に青紫色をした紫陽花の花が咲いている。

 縁際に座る祖母の姿とともに。

そして僕はその家に隠れているみたいだ。

  雨の音を聞きながら。
 

 それこそ僕が望んだことだったから。

紫陽花の濡れて見える家のなかに
           暗く埋もれている人がいる。
 
 彼は言う。
 もう誰にも会いたくない。

 一人にしておいて欲しい、と。

 

学校でいじめられ、
 苦しむ毎日だったから、
 僕はもうほんとうに誰にも会いたくなかった。

 そんな事実を何も知らず、
 ただ僕が来たことを喜んでいる祖母以外には誰にも。

 …雨が降っている。
 祖母が笑っている。
 僕はそれでよかった。

 子どもの頃、よく遊びに訪れていた小さな庭と縁際のあるこの家が好きだったから。

きみ子おばさんは毎朝、雨の日も風の日も必ず家へ訪れる。
 祖母に糖尿病治療に必要なインシュリンの注射を打つためだった。
 雨合羽を着て、吹きすさぶ台風の日にも歩いてくる。

「おばあちゃんは注射を打たないと倒れてしまうからねぇ」

祖母は、半ば自慢げに聞こえる口ぶりでそう言うのが口癖だった。



毎日、毎日、押し寄せてくる苦しみのなかに僕はいた。

 10代の頃の記憶は
     ほぼ苦しみに埋め尽くされている。


 黒くて得体の知れない何かが
       いつも胃のなかに居座り、
 それがどうしようもない作用で辺りへと拡がり、
       目に見えるものすべてを
            気味の悪いものに変えていく。

こころにはいつも黒い炎のようなものが燃えており、
                それはほんとうに見えた。

 絶え間なく、生き物のように、
 こころの映し出す風景の中でチロチロと不気味に燃えている。

 僕は僕のほんとうの姿が黒い炎のような気がしていた。
 
 そしてそのことを知られてはいけない、とも。



  高1の頃から始まった暴力のいじめはなくなったけれど、
 学年が上がるにつれて範囲は広がり、
 やがて容姿にまつわる嘲笑やからかいに変わっていた。

 そんな日々が続く中で、
 僕は3,4日、自室のふすまの前に座り、
 この炎を見続けたことがある。

 唯一の希望であり、
 強くなることを夢見ていた空手にも行き詰まり、
 自分の存在と
 才能の限界と
 向き合っていたためだった。


「僕はやはり強い人間になるのは無理なのかな」

大きな挫折感とともにふすまの前に座り、
 僕はこの炎を見続けた。

 しかしこれは、「好きではじめたのだからもっと楽しもう」
 という結論に至り、
 その後、環境にも恵まれ、
 思いがけず才能が開花することとなった。

 そして当時、それなりに名の知れた空手の大会で
 小柄ながら最優秀選手賞を獲得することもできた。


夕闇の中、家に帰り、玄関でそのトロフィーを持ち上げて見せると
「あら、すごいねぇ」と祖母はうれしそうに笑った。

 

高3の頃のことで、
 けれどその後も黒い炎は消えることはなかった。

 やがて僕はこの炎に飲み込まれていくことになるのだけれど、
 その頃はまだわからなかった。

 黒い炎は、
 理想の自分と現実の自分
 とのハザマから生まれているということを。


景代先生の本と出会うのは、この日から2年後のことだ。

 僕はそのときすでに
       こころの均衡を大きく崩していた。

 もっとはっきり言うと
         おかしくなっていた。


自我は
  巨大な無意識の力にはかなわない。


 無意識と対峙することにより
           変容する自我の姿勢。

 未知なるものを怖れず、
      その意味を冷静に読み取り、
               愛するということ。

 勇気を持って知ること。

 それらのことを僕は教わることになる。

……………     ……………     ……………    ……………

※追記:

【ギリシャクロス】は、縦(|)と横(―)の長さが同じ十字です。
  【+】であり、プラスの記号です。

 縦(|)の長い十字は【ラテンクロス】または【ローマ十字】です。

 イエス・キリストが磔(はりつけ)になった十字架の形です。

  瞑想用のヤントラ【ギリシャクロス】を使うのが、
  内藤景代のマンダラ発想です。

 ギリシャクロスをアレンジした内藤景代・作の
   縦(|)と横(―) 月の変化の相のヤントラ】は



『BIG ME』内藤景代・著 

〈Part2デスマッチから花と咲く

   マンダラ発想 〉の目次は


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