大きな海の中で、枠に入ったままの青い魚

直線上に配置

NAYヨガスクール体験記          小林和之

直線上に配置
             

教室

 

 教室の扉が開いていくと指導員の女性があらわれた。扉は僕が開けたのではなく指導員の女性が開けたのだ。扉を、僕はノックしたのだろう。開いていくドアから見えるじゅうたん、そしてその先にもう一人の指導員の姿が見えた。その日は曇りだった。電気はついておらず、薄い日の光と淡い陰があり、女性の指導員は一度僕を見て、目を伏せて歩きながら「こんにちは」と言った。他には誰もいなく、教室はとても静かだ。歩いていくその人を見ていると扉を開けた指導員に何か言われ、たぶん、ご入会の方ですか? ご見学ですか? といったことを言われたのだろう。僕は座るように言われ、座った。耳の奥がシーンとしている。急に着ている服の匂いが気になった。実際はそれほどでもなかったと思うけれど、ここしばらく僕は服を着たまま眠っていたのだ。

 いけない。空気が張り詰めている。何かを察したお二人の顔が見える。僕は目を伏せ、まったく黙ってしまった。いや、正確には、聞かれたことぐらいは答えただろう。けれどいつものように、(このときはいつも以上に)僕の中で何かが遮られ、止まってしまっている。心のようなものが。

その日、もしかしたら僕は大きな黒いバックを持っていなかっただろうか? きっと持っていたと思う。そのまま旅行にでも行けそうなくらい大きなバッグを。しかし、そのバッグのなかは空っぽで、何も入ってはいなかった。僕は奇妙ないでたちで現れたのだ。

 

12月3日のこの日、僕は教室に入会した。1987年で19歳だった。

 

その日もらった案内に書かれてある文章が気に入った。もう手元にはないので正確には思い出せないけれど、こんなことが書いてあった。

《・・・人は本来、光り輝く魂を胸に宿しています。誰もが幸福に満たされて生きていること。それが自然な姿なのです・・・》と、いったようなものだ。幸福でいることが自然な姿・・・。そんなことがほんとうにあるのだろうか? あったらいいな。こんなことを普通に言えるってすごい。僕はそう思い、久しぶりにほんの少しだけ心に希望、のような、期待、のようなものを感じた。まるで柔らかい風のような、いい匂いのする。

 

家に帰ったその夜、僕は眠り、夢を見た。いくつかの橋が見え、人通りのある緩やかな坂のある道を歩いている。すると今日会った女性の指導員たちがいて、少し離れた場所から、僕の姿をハンドビデオで映しているのだ。それは不思議な印象だった。回帰と自覚のための旅がはじまったのだ。僕はその扉を叩いた。この手で。けれど開いてくれたのは指導員さんたちだった。

 

                       つづく

                          

                  次へ●→