
| 復興ボランティア (宮城県 南三陸町) |
| @↑防災対策庁舎 |
| A↓マンションの屋上に車 B↓公立志津川病院 C↓南三陸町中心部 |
![]() |
| B↓公立志津川病院 C↓南三陸町中心部 |
震災直後、防災無線で津波到達の寸前まで避難を呼び掛け、
自らは津波に流されて
命を落とした危機管理課の職員 遠藤未希さんが働いていたいた災対策庁舎です。@↑
骨組だけになった庁舎は、「町の被害を象徴する被災建物として教訓を後世に残す」
として存続する予定でしたが、
津波の被害にあった南三陸町の住民は「絶望のシンボル」
として認識しているとして、
佐藤町長は「残さないという判断をした」と朝日新聞に記事が掲載されていました。
震災直後は、津波で押し寄せたがれきや絡みついたロープを手作業で片づけて
いったのが、
元消防レスキュー隊で結成された「集結」という人達です。
(活動は以下リンク参照)
今年3月までの期限つき(1年間)ですが、今も各地で復興に向けて活動している
方達には、本当に頭の下がる想いです。
当日は、自転車でわたし達の前に現れ、「ボランティアは楽しくやらないとね!」と、
今もトレーラーハウスに寝泊まりして、仮設住宅へ住む方達へ復興の協力をして
います。
【 防災ボランティアドリームチーム「集結」〜活動の記録〜】
http://www.youtube.com/watch?v=8nx5M1X8_YE
B↓公立志津川病院

C↓南三陸町中心部
